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	<title>コラム &#8211; Sesera</title>
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	<description>Passionately cross-cultural</description>
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	<title>コラム &#8211; Sesera</title>
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		<title>消されるために生まれるアート</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kn]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 13:22:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[2026]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>
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		<category><![CDATA[盆石]]></category>
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					<description><![CDATA[アートとはなんだろう。その定義は文化によって異なる。そう感じたのは、京都のとあるお寺を訪ねた時。今年１月、尼寺である得浄明院（とくじょうみょういん）の山田浄香（じょうこう）住職に、お盆上に砂や石で風景を描く盆石（ぼんせき）を見せていただく頂く機会に恵まれた。
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p><strong>アートとはなんだろう。</strong></p>



<p>その定義は文化によって異なる。そう感じたのは、京都のとあるお寺を訪ねた時。今年１月、尼寺である得浄明院（とくじょうみょういん）の山田浄香（じょうこう）住職に、お盆上に砂や石で風景を描く盆石（ぼんせき）を見せていただく頂く機会に恵まれた。</p>



<p>盆石の歴史は推古天皇の時代に始まり、古くは貴族の亭主が客人をもてなす作法として、和歌とセットで黒いお盆の上で砂の絵を描くようになる。それは招かれた客にのみ披露されるものだ。そしてその後、静かに消し去られ、何度でも新たに作り直される。客は単なる観賞者ではなく、風景とことばの中に織り込まれた繊細な意味を読み取ることを求められる参加者でもあった。</p>



<p>現代の西洋文化において、儚さが芸術と結びつけられることはほとんどないのではないだろうか。芸術はしばしば個人の創造性の表現として、固定され、保存され、広い観衆に向けて提示されるものと考えられている。優れた芸術作品こそ、できるだけ長く保存すべき、という考え方が一般的だ。</p>



<p>それに対して盆石は、もてなす側と客が共有するひと時の中にのみ存在しうる芸術だ。消された後には、双方の記憶の中にだけ残る。</p>



<p>このように儚いものをじっくり味わう時間がほとんどない現代の慌ただしい生活の中で、盆石はある種の豊かさを映し出しているように思う。それは永続性や所有に根差した豊かさではなく、すぎゆく今この瞬間をいとおしむ、人と人とのつながりに根ざした豊かさである。いにしえの昔、人々が、このようなゆっくりと流れる時間を大切にし、生活の中心に据えていたことを思い起こさせる。</p>



<p>今日では、盆石をたしなむ人は日本でもごくわずからしい。特別にあつらえられた道具を作る職人さんも減り、後継者不足も深刻だという。盆石の芸術そのものと同じように、この伝統もまた儚く、消えゆく危機にあるのかもしれない。</p>



<p>山田住職が描いた盆石は、もうそこにはない。その盆の上の風景は、私の記憶だけに残る。だからこそ、忘れられない宝物となる。</p>



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<iframe loading="lazy" title="Bonseki (盆石), a thousand-year-old form of Japanese tray landscape art" width="563" height="1000" src="https://www.youtube.com/embed/5n2UpUFEq00?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
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		<title>ブラジルでのカルチャーショックと脳の気づき</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kn]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Jan 2026 14:58:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[2026]]></category>
		<category><![CDATA[カルチャーショック]]></category>
		<category><![CDATA[ブラジル]]></category>
		<category><![CDATA[旅行]]></category>
		<category><![CDATA[脳科学]]></category>
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					<description><![CDATA[それは不意打ちのように私を襲った。

去年の夏、ブラジルで経験したカルチャーショックは、正直まったく予想していなかった。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>それは不意打ちのように私を襲った。</p>



<p>去年の夏、ブラジルで経験したカルチャーショックは、正直まったく予想していなかった。ブラジルへの旅は3度目で、バックパッカーとしてさまざまな地域を巡ったこともある。日常会話に困らない程度のポルトガル語も話せる。長年続けているブラジルの格闘技カポエイラを通して、多くの個人的なつながりも築いてきた。だからこそ、自分はすでにブラジル文化をよく理解していると思っていたし、異文化コンサルタントとして、あらゆる状況に対応できる、とどこかで高を括っていた。</p>



<p>リオ・デ・ジャネイロで開かれるカポエイラのイベントに参加するために渡航し、市内中心部のセントロ地区に一週間滞在することにした。バーやお店が軒を連ね、市内どこへのアクセスも便利なセントロ地区。ブラジル人の友人たちが止めるのを聞かず、あえて自分にとって未知の地区を探索してみたいと思った。セントロのすぐ近くにはファヴェーラと呼ばれる貧困地区があり、多くのホームレスの人々が路上で暮らしていた。街の空気は張りつめており、ホテル周辺を歩いているだけでも、自分の行き先に常に細心の注意を払わなければならなかった。一本通りを間違えれば、危険な地区に入り込む可能性と隣り合わせだ。夜になると、バーからの大音量の音楽がホテルの部屋まで響き渡り、浅い眠りに悩まされた。</p>



<p>セントロに到着して数日後、私は体調を崩した。その後ドイツに帰国してからも、何週間もの間、疲労感が抜けず、気分の落ち込みや無気力さが続いた。いったい何が自分に起きているのだろう。——その答えがようやくわかったのは、去年11月のディープ・カルチャー・マスタークラスに参加したときだった。</p>



<p>慶應大学のジョセフ・シャウルズ教授による「ディープ・カルチャー・アプローチ」を学ぶ講座は、文化を脳科学の視点から捉えるものだ。私たちの脳は通常「オートパイロット」状態で機能しており、無意識のプロセスによって日常生活がスムーズに営まれている。しかし、異文化環境ではそのオートパイロットが絶えず中断され、脳の認知機能は、それまで経験したことのない未知のサインや行動様式、リスクを解釈するためにフル稼働を強いられる。</p>



<p>セントロでの滞在で起きたのは、私の脳が慣れ親しんだ思考パターンと、まったく異なる文化的現実との正面衝突のようなものだったらしい。この衝撃が持続的に加わったことで、私の脳内システムがパンクし、その結果が疲労や体調不良、抑うつ的な気分として現れたのだ。</p>



<p>異文化体験は、慣れ親しんだ心の地形をならしていくブルドーザーのような圧倒的な力を持つ。その結果起こるカルチャーショックは、決して弱さの証ではなく、ごく自然な反応である。そう認識できたことは、今後、異文化の課題に直面する人々を支援していく上で、大切な気づきとなった。てっきりつらい負の経験だと思い込んでいたカルチャーショックは、振り返ってみれば、かけがえのない経験へと変わったのだ。</p>



<p>ブラジル文化を、そして異文化理解を十分に知っていると思い込んでいた自分が、いかに無知だったか。今は思う。</p>



<p><strong>Now I know that I don’t know.</strong></p>



<p>文化と脳科学を含む「ディープ・カルチャー」をさらに深く探求していきたい。私の好奇心は強くかき立てられた。</p>



<p><em><em>ジョセフ・シャウルズ氏は、</em><a href="https://japanintercultural.org/"><em>異文化分野の専門家を支援する非営利団体</em>日本異文化研究所 Japan Intercultural Institute（JII）</a>の代表を務めています。JIIのコース<a href="https://japanintercultural.org/masterclass/">「ディープ・カルチャー・マスタークラス」</a>と「ディープ・カルチャー」をテーマにした<a href="https://japanintercultural.org/podcast-2/">ポッドキャスト</a>はどちらも素晴らしい内容でおすすめです。</em></p>



<p></p>
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		<title>ピルゼンで味わうビールとお茶。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kn]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Jan 2026 20:52:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[2026]]></category>
		<category><![CDATA[お茶]]></category>
		<category><![CDATA[チェコ]]></category>
		<category><![CDATA[旅行]]></category>
		<category><![CDATA[異文化]]></category>
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					<description><![CDATA[ビールとお茶。
仕事で出かけたチェコのピルゼンは、意外な組み合わせが異文化の醍醐味を教えてくれた。世界的に有名な「ピルスナー」スタイルのビールは、何を隠そうピルゼンが発祥の地だ。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p></p>



<p>ビールとお茶。仕事で出かけたチェコのピルゼンは、意外な組み合わせが異文化の醍醐味を教えてくれた。<br><br>世界的に有名な「ピルスナー」スタイルのビールは、何を隠そうピルゼンが発祥の地だ。広大な敷地を誇るピルスナー・ウルケル醸造所は、ピルゼンの市内を流れるラドブザ川（Radbuza）を渡ってすぐにある。「ウルケル（Urquelle）」とは「源泉」を意味し、1842年にドイツ・バイエルン州出身の醸造家によって創立された歴史を持つ。100分間のブルワリーツアーでは、当時と全く同じ製法で今もビールが造られていることが紹介され、とても興味深い。</p>



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<p>チェコ最大で約1,000人を雇用する当醸造所は、2017年から日本の<strong>アサヒグループ</strong>の傘下となっている。その象徴とも言えるのが、施設内で新製品開発に携わるマイクロブルワリーの１つ。何と柚子味のビールを醸造している。お土産で１本買ってきたが、さっぱりとしてとても美味しかった。ツアーの最後に地下セラーで試飲させてもらった無濾過・非加熱の生ビールは、思わず声を上げる程、おそらくこれまで飲んだ中で一番おいしいビールだった。<br></p>



<p class="has-text-align-left">&nbsp;醸造所を後にし、今度は旧市街にあるティーハウスへ向かった。お茶好きの私は、以前立ち寄ったフライブルグのお茶屋さんで「チェコには独自のお茶文化がある」と聞いて以来、ずっとこの機会を楽しみにしていたのだ。チェコの大きな都市には、日本茶、中国茶、チベット茶、南米やヨーロッパのお茶など、さまざまなお茶を提供する「ティーハウス」がある。カフェのように席に座り、一人でも友人とでも、好きなお茶を選んで楽しめるが、チェコのティーハウスはさらにリラックスした空間で、水たばこが用意されていることもあるようだ。</p>



<figure class="wp-block-image alignleft size-medium"><img loading="lazy" decoding="async" width="225" height="300" src="https://www.sesera.net/wp-content/uploads/tea-and-halva_20-225x300.avif" alt="" class="wp-image-5419" srcset="https://www.sesera.net/wp-content/uploads/tea-and-halva_20-225x300.avif 225w, https://www.sesera.net/wp-content/uploads/tea-and-halva_20-768x1024.avif 768w, https://www.sesera.net/wp-content/uploads/tea-and-halva_20-1152x1536.avif 1152w, https://www.sesera.net/wp-content/uploads/tea-and-halva_20.avif 1285w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></figure>



<p class="has-text-align-left">私が訪れたティーハウスには靴を脱いで床のクッションに座る広いスペースがあり、アジア、オリエント、そしてボヘミアン文化が融合したような空間が広がっていた。照明は控えめで、雰囲気はとても穏やかで落ち着いており、次の注文を促されたり、時間を気にさせられる空気はまったくない。部屋の反対側では、若いカップルがクスクスと笑いあったりキスしたりしているが、誰も気にも留める様子はない。英語で「ボヘミアン」と言うと、ボヘミア地方という地名と、芸術家肌・自由な気質という２つの意味があるが、まさに型にはまらないアーティスティックな意味での「ボヘミアン」な空間だった。<br><br>私が頼んだ日本のくき茶。急須になみなみと淹れられて運ばれてきて、小さなお椀でゆっくりと味わった。中東のお菓子、ハルバ(Halva)をつまみながら、丸くてふわふわのクッションに腰を下ろし、手にした本のページをめくる。まさに至福のひとときだった。</p>



<p class="has-text-align-left">ビールとお茶。</p>



<p class="has-text-align-left">これほど異なる二つの飲み物を中心に広がる文化に身を浸す経験は、私にとってチェコ文化のほんの断片に過ぎない。だからこそ、これからもっとチェコを知っていきたいと思う。このような旅のひとときが、私の異文化への好奇心を刺激し続ける。まさに宝物のような経験だ。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter size-full"><img loading="lazy" decoding="async" width="1210" height="907" src="https://www.sesera.net/wp-content/uploads/tea-house_20.avif" alt="" class="wp-image-5420" srcset="https://www.sesera.net/wp-content/uploads/tea-house_20.avif 1210w, https://www.sesera.net/wp-content/uploads/tea-house_20-300x225.avif 300w, https://www.sesera.net/wp-content/uploads/tea-house_20-768x576.avif 768w" sizes="(max-width: 1210px) 100vw, 1210px" /></figure>



<p></p>
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		<title>ドイツはEUの学級委員？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kn]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 22 Jul 2025 12:27:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[2025]]></category>
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					<description><![CDATA[EUが１学級27名のクラスだとしよう。
学級委員は優等生で成績はトップ。ことあるごとにちょっと偉ぶってクラスメートに指図する。そんな、みんなに少し煙たがられる存在がドイツかもしれない。言う事はいちいちもっともで、だからこそ鼻につく。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>EUが１学級27名のクラスだとしよう。</p>



<p>学級委員は優等生で成績はトップ。ことあるごとにちょっと偉ぶってクラスメートに指図する。そんな、みんなに少し煙たがられる存在がドイツかもしれない。言う事はいちいちもっともで、だからこそ鼻につく。「感じ悪～」と思いつつ、渋々学級委員のいう事を聞いている「ちょい悪」で目立つ存在のイタリア、スペイン。彼らと学級委員（ドイツ）との仲を「まぁまぁ」と取り持つのがフランス。そんなクラスメートを傍観しながら、大人しいがゆえにあまり目立たないが、実は影響力を持つポーランド。</p>



<p>このクラスで目立つ５か国。人口、GDPともにドイツ（83.4百万人）、フランス(68.4百万人)、イタリア（59.0百万人）、スペイン（48.6百万人）、ポーランド（36.6 百万人）の順でEUトップ５を占める。ちなみにこの５か国を除いた、EU残り２２か国の平均人口は約６７２万人と、EU内の大多数は中小規模国家であることが分かる。</p>



<p>フランス、イタリア、スペインは南欧３国と呼ばれ、結束が固い。古代ローマ帝国の支配により、いずれもラテン語起源のロマンス諸語を話し、共通の法制度や都市インフラ基盤を有した歴史的背景を持つ。またローマ帝国が弱体化した後力を持ったカトリック教会の影響も今日まで強く受けている。因みにドイツは南欧３国すべてにとって最大の貿易相手国だ。</p>



<p>それに対してポーランドは、チェコ、スロバキア、ハンガリーなど旧ソ連に属した東ヨーロッパ勢代表。ナチスドイツ時代に侵攻され、その後共産主義ブロックに取り込まれた記憶から、自国の決定権を重視する。経済では東欧勢どこも最大の輸出先がドイツと、優等生への依存は強い一方、ロシアのウクライナ侵攻を受け、NATOでのドイツとの協力体制がより重要になっている。</p>



<p>南欧、東ヨーロッパ以外にも、派閥がある。Frugal Four（倹約４か国）と呼ばれるオランダ、オーストリア、スウェーデン、デンマーク。時にはここに学級委員（ドイツ）とフィンランドが加わり、EUの補助金を厳しく監視し財政引き締め（＝財政規律）を進める。</p>



<p>それに対して、南欧は財政柔軟派。EU予算やコロナ後の復興基金などの議論で大規模支出を求めて倹約派と対立しがちだ。２０１０年のユーロ危機では、組織的汚職で債務危機に陥ったギリシャに対して、ドイツは緊縮策を迫った。受け入れたギリシャは、失業率２５％以上になり１００校以上の学校や数多くの病院が閉鎖され、人々の生活に深刻な影響が出た。当時のドイツのメディア報道には「規律ある北欧と堕落した南欧」(フランクフルターアレゲマイネ紙)「貪欲で怠惰、浪費ばかりするギリシャ人」（シュピーゲル誌）といった見出しが並んでいたのを思い出す。</p>



<p>このように、欧州をマクロに捉えてみると、南北、そして東西の微妙な距離感に気づく。「優等生」であるドイツ国内にも葛藤やジレンマがある。この多様性こそが、EUという「クラス」の面白さであり、時に難しさなのだろう。</p>



<p></p>
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		<title>鎧を着たアジア人女性―ドイツでマイノリティとして生きる</title>
		<link>https://www.sesera.net/%e9%8e%a7%e3%82%92%e7%9d%80%e3%81%9f%e3%82%a2%e3%82%b8%e3%82%a2%e4%ba%ba%e5%a5%b3%e6%80%a7%e2%80%95%e3%83%89%e3%82%a4%e3%83%84%e3%81%a7%e3%83%9e%e3%82%a4%e3%83%8e%e3%83%aa%e3%83%86%e3%82%a3%e3%81%a8/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[kn]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 01 Jul 2025 16:20:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[アイデンティティー]]></category>
		<category><![CDATA[マイノリティ]]></category>
		<category><![CDATA[異文化]]></category>
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					<description><![CDATA[ミュンヘン市内の私が住む地域では、毎週金曜日にファーマーズマーケットが開かれる。ここで売られる新鮮な野菜、卵、肉、魚が、わが家の一週間の食卓を支えている。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>ミュンヘン市内の私が住む地域では、毎週金曜日にファーマーズマーケットが開かれる。ここで売られる新鮮な野菜、卵、肉、魚が、わが家の一週間の食卓を支えている。</p>



<p>ただ肉屋に行くのはやめた。そのスタンドにはいつも、眼鏡をかけたドイツ人の中年女性２人が立っていて、私が注文するたびに、まるで私のドイツ語が理解できないかのように顔をしかめて対応する。どんなにはっきりと発音しても、だ。釣銭が少なく返ってくることも何度かあった。</p>



<p>ドイツで20年暮らしてきた中で、「釣銭をごまかされる」という経験は何度もあった。指摘すると、大抵は「間違えました」と言われる。でも不思議なことに、釣銭が多く戻ってきたことは一度もない。いつも少なく返ってくるだけ。そこで無意識のバイアスがこうした「間違い」を引き起こしているのでは、と考えるようになった。</p>



<p>アジア人女性は「従順でおとなしい」というステレオタイプがある。つまり私たちは不利益を被っても文句を言わない、声を上げないーそういう偏見が根底にあるのではないか。例えば、スーパーのレジに並んでいるときに割り込みをされることがある。そんなとき、私は必ずこう言うようにしている。「私が並んでいるの、見えていましたよね？ ちゃんと最後尾に並んでください。」<br>なぜなら、「アジア人女性＝従順」という偏見を助長したくないからだ。<br>私は、「何をされても黙っているアジア人女性」ではない。</p>



<p>そんな日常が20年続き、私は次第に「強く」ならざるを得なかった。昨年香港を訪れた時、はっとした。ドイツで自分がいかに「鎧」をまとって生きてきたかということに気づかされたからだ。香港で私は人種的マイノリティではなかった。ただの旅行者でありながら、大多数の側に自然と溶け込むことができた。見た目を理由にいやな思いをすることは一度もなかった。</p>



<p>ウィキペディアによれば、ドイツに暮らすアジア人、またはアジア系ドイツ人は、総人口約8300万人のうちの約2.0％を占めるという。マイノリティとして生きるという事は、多くの場合、人種、性別、国籍に結びついたマジョリティ側の偏見と向き合うことを意味する。</p>



<p>その一方で、私はマイノリティの中でも特に「日本人」であることによって、多くの恩恵を受けてた。日本文化が「まったく異質でエキゾチック」と受け取られているおかげで、私はドイツで異文化コンサルタントとして自分の仕事を築くことができた。違っていること、そしてマイノリティであることが、力になった。</p>



<p>マイノリティとして生きながら、自分の強さをどうやって見つけていくか。それは、健全な自信と「鎧」とを、うまくバランスさせることなのだと思う。偏見から自分を守る為に、鎧はときに必要だ。でも、同時に、その鎧を脱ぐことも忘れてはいけない。一息ついて、休んで、「ただ自分である」ために。</p>
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		<title>ドイツを俯瞰する — ミレニアム以降ドイツはこう変わった —</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Jun 2025 09:35:32 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
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					<description><![CDATA[愛犬を連れての朝の散歩。シャーロックという茶色のプードルを連れたご近所さんによく会う。彼女には中１の息子がいて、私の息子と同学年とあり、たまに言葉を交わす。今日は学校の話題から、子供たちが将来どんな仕事をするのか、という話になった。...]]></description>
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<p>愛犬を連れての朝の散歩。シャーロックという茶色のプードルを連れたご近所さんによく会う。彼女には中１の息子がいて、私の息子と同学年とあり、たまに言葉を交わす。今日は学校の話題から、子供たちが将来どんな仕事をするのか、という話になった。</p>



<p>現在５４歳の彼女が育った当時の西ドイツは、父親が一家の大黒柱として３０年以上同じ職場で働いて、という、日本でいう昭和なモデルが「普通」だったという。キャリアアップの為の転職が当たり前になった今のドイツの職場とは大違いだ。常日頃から私自身、ドイツで生活する過去２０数年で「ドイツ社会は大きく変わった」と感じているが、では具体的に何がどう変わったのか？この機会に振り返り、俯瞰して見てみることにした。</p>



<p>１９８９年から１９９１年の間、ベルリンの壁が崩れ、当時の西ドイツ首相ヘルムート・コールがソ連のミハイル・ゴルバチョフと握手し、クレムリンからソ連国旗が降ろされ、ソ連が公式に消滅。そして西側資本主義が旧東ドイツを飲み込み、世界を席巻することで、経済の自由化・市場開放が加速。１９９０年代後半より日本、ドイツ両国で電子メールやパソコンが登場し、ドイツではNokiaやSiemens製の携帯電話が急速に普及。いわゆるデジタル化が進み、国際競争が激化し、規制緩和が進められた。</p>



<p>ドイツではこれが何を意味したかというと、国営企業が民営化された。１９９４年代にドイツ鉄道(Deutsche Bahn)が、１９９５年にドイツテレコム (Deutsche Telekom)とドイツ郵便(Deutsche Post)がそれぞれ独立。ドイツ鉄道は、今でこそ遅れが恒常化し利用者からの苦情が絶えないが、民営化前は、それは時間通りだったらしい。その当時ドイツで生活していた日本人の知り合いは、駅のとなりの郵便局から、遠く離れた北ドイツの町に手紙を出そうとしたら、「次の長距離列車の運転手さんに渡すと良い。その方が早いから」と言われ、実際にすぐに届いたとか。シーメンスなどの大企業でもグローバル競争に適応するため、非中核部門の切り離しや人員削減などにより、事業の選択と集中が徹底される。</p>



<p>ドイツを取り巻く欧州の在り方も様変わりした。１９９９年に帳簿上ユーロが導入され、２００２年より現金として流通開始。EU域内の貿易が活性化される一方で、ドイツではトイロTeuro（teuer高いeuroユーロ）と呼ばれ物価高が国民を直撃。２０１０年前後にギリシャ財政危機を経てEU域内で分裂傾向が表面化したこともあり、慢性的ユーロ安となる。輸出主導のドイツにとっては有利な一方、EU域内の経済格差が広がり、軋轢を生む。</p>



<p>政治では価値観の転換が起こった。１９９８年から２００５年首相を務めたゲアハルト・シュレーダーは、手厚い社会保障を受け安定志向だったドイツ人の働き方を変えた。アジェンダ２０１０やハルツ改革といった政策を次々と打ち出し、長期失業者を減らしパートタイム・非正規雇用を導入した結果、失業率は減ったがワーキングプアが増え、社会的格差は以後拡大している。その後２００５年から実に１６年間ドイツ政治を牽引するアンゲラ・メルケル首相は、基本的にシュレーダー路線を維持した。要は、この間、ドイツは「安心」の国から自助・競争の国になったのだ。</p>



<p>学校から帰宅した息子の横顔を見て思う。この子は将来どんな仕事をして、どんな大人になるのだろう。その頃のドイツは、日本は、世界はどうなっているのだろう。私たちを取り巻く環境は常に変わっていて、どんな日常も人間が造り出した大きなうねりの１部分でしかない。そんなうねりの中で生活する自分のちっぽけさを想う。 さあ、また愛犬を連れて散歩に出よう。ちっぽけな私が、とりあえず足を地につける。そして一歩、踏み出す。</p>



<p></p>
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		<title>なぜドイツの都市は「住みにくい」と感じられているのか？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[sesera]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 18 Jun 2025 09:34:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[生活、官僚主義、ルール、外国人、サービス、都市、住みやすさ]]></category>
		<category><![CDATA[統計]]></category>
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					<description><![CDATA[先日バイエルン放送の取材を受けた。海外移住者の視点から、世界中の主要53都市を「住みやすさ」で比較した調査が発表された。物価や治安、住居の見つけやすさ、役所手続きのしやすさ、現地での歓迎度など、22項目にわたる詳細な評価だ。...]]></description>
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<p>先日バイエルン放送の取材を受けた。海外移住者の視点から、世界中の主要53都市を「住みやすさ」で比較した調査が発表された。物価や治安、住居の見つけやすさ、役所手続きのしやすさ、現地での歓迎度など、22項目にわたる詳細な評価だ。<br>この調査で、ドイツのベルリン（46位）、ミュンヘン（50位）、ハンブルク（52位）と、主要都市が軒並み下位に沈んだ。<a href="https://www.internations.org/expat-insider/2024/best-cities-for-expats-40486">https://www.internations.org/expat-insider/2024/best-cities-for-expats-40486</a>　<br><br>取材では、ミュンヘンに生活して２０年以上経つ外国人としての意見を求められた。テレビではインタビューで話した内容がかなり割愛されて、ドイツの飾らない国民性、特にバイエルン地方の不愛想さに慣れるまでは疎外感を感じやすいのでは、という点のみ放映されていた。しかし、最大の要因は<strong>規則を最優先</strong>する国民性にあるのではないか、と思っている。</p>



<p>移住者は、先ず官僚的すぎる公共サービスの洗礼を受ける。住民登録ひとつとっても予約が取れず、必要書類が多い。滞在許可証に至っては企業がしっかりと滞在をサポートしているケースでも、発行まで７，８カ月から１年間以上待たされた、とよく聞く。デジタル化の遅れが顕著で未だにほぼ全てが紙ベース。外国人はこの間、仮滞在証明をもらえるが、それではドイツ国外に出国できない、とか出国はできても、再入国時に問題が生じるという噂もあり、手続きが終わるまで生活が始まらない宙ぶらりん状態がかなりの心理ストレスとなる。</p>



<p>ルールありき、という考え方は例えば公共交通の券売機にも反映される。ドイツの公共交通はどこも基本的に改札がないし駅員さんもいない。たまに電車の中で切符をみせるよう私服係員に言われ、その時に切符を出せないとアウト、罰金という仕組み。駅には交通マップと料金ゾーンが張り出してあり、乗車前に、行き先によって自分で値段を調べて券売機で切符を買うのだが、これが本当に難解だ。いつも行く市内ならまだしも、少し遠くの行き慣れていない場所へ電車で出掛ける際、このマップとにらめっこして値段を調べる。数年前からようやく携帯用アプリが導入され、買う切符を間違いにくくなったが、従来ユーザーからは「分かりにくい」と苦情が出ていた券売システムだ。<br><br>一度１０分程頑張って自分で「多分この値段」と思って切符を買い乗車したら、乗車中係員に調べられ、正規の値段にほんの少し足りていなかった、と分かった。勿論差額を支払う用意があったが、係員は杓子定規な対応で罰金を全額要求。紋切型で柔軟性がなく、「例外を認めない」傾向は、ユーザー側には冷たく人間味がなく映る。</p>



<p>ドイツの日常は、「もっと分かりやすく教えてもらえたらこっちも間違えないのに」とつっこみたくなる、こんな例であふれている。これは、ドイツ語がまだ不自由な外国人移住者には相当厳しいし、不親切に受け取られても仕方がない。 一見すると無愛想に映るが、個人として話してみると悪気がなく、誠実な方もとても多いのがドイツ。規則優先の社会構造が外国人にとってストレスになりうるからこそ、あえて制度と人を切り離して捉える柔軟さが、移住者側に求められるのかも知れない。</p>
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